インドネシアの宝石店で見つけた ブレスレット シノノメサカタザメの歯列100%

No.168

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インドネシアのジャカルタにあるジェムズセンターを訪れたときのこと。このときの取材旅は散々で、お目当てのサメに出会うことができなかった。サメとの遭遇を諦めて、最終日にお土産でも買おうかと立ち寄った宝石店で、それを目にしたときの衝撃は今も忘れられない。

 美しく眩い宝石が所狭しと並ぶ中、そこにあったのは、敷石状の美しい柄のブレスレット。思わず二度見してしまった。店員さんにすぐにガラスケースから出してもらい、腕につけてもらった。間違いない。それは「シノノメサカタザメ」の歯だったのだ。

 

上顎歯列を顎の骨からきれいに剥ぎ取り、腕輪になるようにまあるくして、ただ乾燥させたものであろう。留め具や金具などは一切なく、上顎歯列100%のブレスレットと言っても良い。一体全体、こんなにシャーキビリティの高いブレスレットを誰が考案したのだろうか。考えた人もすごいが、それを美しく仕上げられる職人技も計り知れない。

 シノノメサカタザメはサメと同じ軟骨魚類であるが、エイの仲間に分類される。その見てくれは一般的なエイのように平たくはなく、まるでサメのようにごっつい風貌をしている。エイなのにサメと命名されているのはそのせいかもしれない。

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シノノメサカタザメの頭部を下から見上げたもの。歯の噛み合わせは抜群のようだ。

本種は日本の南部で稀に目撃され、インドネシア周辺にも生息しているが、現在は絶滅危惧種に指定されるほど貴重な生物となりつつある。わたしからしたら、どんな宝石よりもお宝だと思ってしまうのだが、この日本人は何に興奮しているんだ? と周りの宝石を買いに来ているインドネシアの方々は、それが理解できずに困惑していたかもしれない。

 

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シノノメサカタザメの顎の標本。カニなどの硬いものを好んで食べるのに適している歯の形状だ。
シノノメサカタザメの一本の歯。歯根がちゃんとあることが見て取れる。(右上)

わたしはその3万円ほどのブレスレットともうひとつ別のアクセサリーを買おうと、合計金額を聞いた。日本円にして総額8万円。わたしにとってはお高めな金額だったけれども、次はいつ出会えるかわからない代物。背に腹はかえられない。クレジットカードを財布からだそうとしたら、カードもUSドルも使えないという。インドネシア通貨であるルピアのみで販売するということだったので、帰りのフライト時間も迫り来る中、わたしはタクシーをとばし、片道30分のところにある換金所に行った。

 8万円分を換金したら、50000ルピア札が160枚。その札束を片手に持ってタクシーに乗ったら、タクシーの運転手に「強盗に狙われるだろ、早く隠せ」と強く注意された。でも心あらずで、わたしはジェムズセンターに着くや否や、走ってお店を再訪し、ブレスレットを無事に購入することに成功したのであった。

著者

沼口麻子

サメのジャーナリスト
(沼口/浅子)

沼口麻子(ぬまぐち・あさこ)

シャークジャーナリスト

1980年東京生まれ。東海大学海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島のサメの研究を経てサメに特化した情報発信を行っている。テレビ、ラジオ、雑誌等にて活躍中。2014年より東京コミュニケーションアート専門学校(海洋生物保護専攻)にて講師。両親ともに歯科医師。

【連載】

〈雑誌〉月刊マリンダイビング「サメの魅力」(水中造形センター)

〈WEB〉現代ビジネス「サメに恋して」(講談社)

サイト「SAMECUISE」(サメクルーズ) プロデュース