新年初漁にて出会ったサメは 深海からの宝物

No.169

TBS 系列の『有吉ジャポン』というテレビ番組のロケで、新年早々、深海ザメ漁に出ることになった。毎日でも漁船に乗ってサメを観察したいわたしにとって、心踊るお仕事だ。しかし、今はお正月明け。多くの場合、漁船には風を凌げるようなキャビンなどはなく、早朝の海上では、冷たい北風が吹きっさらす中、6時間以上耐えることが必須となる。

 以前に、ウバザメという巨大なサメを撮影するために訪れたスコットランド沖で、恥ずかしくも低体温症になり、大変苦しんだ経験を持っているわたしは、寒さには人一倍の恐怖心がある。念には念を入れて、ズボンは3枚、上着も5枚ほど着込み、その上から漁師ガッパを羽織る。安全のために着用を義務付けられているライフジャケットのホックがなかなか閉まらないほど着膨れしたが、寒さ対策の方が優先だ。

 この日は風が午後に向けておさまる予報だったので、出港時間は遅めに変更。いつもは4時頃に出港するのだが、この日は7時半に静岡県焼津小こがわ川漁港に番組スタッフさんと待ち合わせ、8時に出港した。太陽が出ているときと出ていないときでは体感温度がかなり違う。天気も良かったので、とりあえず、極寒は避けられそうだ。

 

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オオグソクムシの素揚げ。長兼丸さんの新年会でのメイン料理。味は、エビとカニの間といったところだろうか。見た目より美味しい。わたしの好物でもあるので、お土産にパック詰させてもらった。

今回お世話になったのは、深海生物専門の焼津・長ちょうかねまる兼丸さん。オオグソクムシという10cmくらいの大きさのダンゴムシのような生き物をご存知だろうか。深海に生息しており、クジラなどの死骸を食べているような分解者だ。そんなひっそりと暮らしていた彼らだが、近年、キモカワ(気持ち悪いけど可愛い)生物として、キャラクターグッズになったり、グソクムシ煎餅として食用で流通したりと、人気を博している。その火付け役となったのが、この長兼丸さんなのだ(わたしも流行に乗って、自宅でオオグソクムシを飼育したことがあるが、残念ながら、夏場に水槽の水温が上昇してしまい、長く飼育することはできなかった)。

 

 

 

 

 

出港してわずか15分、深海底そこはえなわ延縄という漁法で、テンポよく餌をつけながら縄を海に入れていく。焼津の街並みが見えるこんな沿岸でも水深は400mあるというから、駿河湾は本当に面白い。最後の縄を入れ終わると同時に、「ツイヨー!」の掛け声。焼津の漁師さんの合言葉で、「魚がついてこいよ」という祈願の意味があるという。2時間ほど待つ。この間に深海ザメが餌を食べていれば釣ることができるのだ。 昼頃になり、あげ縄が始まる。うねりはないが、強風による船の揺れは大きかった。番組スタッフさんが船酔いでグロッキーになる中、突然、漁師さんの大声が響いた。

「おーーーー!!! きたー!!!!」

 何事かと思った。何故ならば、毎日深海ザメを漁獲している漁師さんにとって、深海ザメはさほど珍しいものではないからだ。いつもと明らかにテンションが違う!

 船の甲板にドサっと置かれたのは体表が濃いグレーの1m30cmくらいのサメ。眼は透き通るようなエメラルドグリーンで美しい。わたしも初めてお目見えするサメだった。

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タロウザメを漁獲してご機嫌の長兼丸漁師の長谷川久志さんと著者。

タロウザメという日本の南から台湾あたりにかけて生息しているアイザメの仲間。健康食品となる上質な肝油がとれることで、サメ界一、高値がつくことで有名だ。一尾で7万円くらいの価値がついたこともあるので高級魚と言っていいだろう。本来は長兼丸さんの船でのメインターゲットなのだが、ここ何年もまったく漁獲できていなかったそうだ。

 

新年早々、深海ザメ漁の運気は好調。ロケも盛り上がり、この日も最高の深海ザメ日和となったのだった。

著者

沼口麻子

サメのジャーナリスト
(沼口/浅子)

沼口麻子(ぬまぐち・あさこ)

シャークジャーナリスト

1980年東京生まれ。東海大学海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島のサメの研究を経てサメに特化した情報発信を行っている。テレビ、ラジオ、雑誌等にて活躍中。2014年より東京コミュニケーションアート専門学校(海洋生物保護専攻)にて講師。両親ともに歯科医師。

【連載】

〈雑誌〉月刊マリンダイビング「サメの魅力」(水中造形センター)

〈WEB〉現代ビジネス「サメに恋して」(講談社)

サイト「SAMECUISE」(サメクルーズ) プロデュース