歯医者をしながら女優をしています ~上海のデンタルショー~

No.151

151約一年ぶりの中国。環境の悪化が騒がれているが、晩夏の上海は抜けるような青空で、宿泊した浦東のホテルの裏になる公園の樹々の緑がまぶしかった。

 上海といえば、約10年前に初めて行った「口腔展覧会」が忘れられない。中国で歯科は「口腔科」または「牙科」と書く。あちらで歯は「牙」と書く。牙なんて日本語からすればちょっと怖い語感だ。

 「口腔展覧会」は日本のデンタルショーにあたるが、規模が大きく、一日ではとても回りきれない。

 日本のメーカーはもちろんだが、聞いたこともないヨーロッパの会社など、世界中から歯科医療メーカーが集まり、巨大な展示会場に500以上のブースが並んでいた。東京のデンタルショーに比べたら、いささかあか抜けない感はあるものの、全体から漂ってくる活気はすごかった。

 学術討論会の会場や最新のユニット前には、どこもけっこうな人だかりができていたが、ひときわにぎやかな一角があった。

 なにかと思って近づくと、Tシャツにジーンズ姿でバンダナを巻いたおじさんが、抜歯鉗子を両手に大声で叫んでいた。おじさんの後ろにはいろいろな種類の鉗子が並ぶ。まるでバナナの叩き売りのような鉗子の大安売りだ。しばらく眺めていると「3本買えば1本プレゼント」などと言い始め、何十本も購入する人もいた。

 ダイヤモンドバーやリーマー・ファイル、印象トレーなども無造作に山積みになっており、まるでトルコやエジプトのバザールのようにも見える。大きなトランクを持った中近東からきたと思われる一団が、尋常ではない量の材料を買い込んで去って行く姿も目撃した。その気なら、高価な滅菌器やホワイトニングの照射器などもその場で持って帰れてしまう。

 中国の北京、上海、広州などで行われるデンタルショーはアジアで一番大きいらしい。インド、パキスタンのような南アジアやヨーロッパ、アメリカなど世界中の人々が集まってくる。とにかく迫力に圧倒されっぱなしだった。

 一方、歯科治療の面では中国と外国の違いは大きい。上海は中国でいちばん日本人が多い都市としても有名だが、上海に移住した友人から、信頼できる歯医者を探すのにとても苦労したと聞いたことがある。

 中国での歯科医師の国家試験実施は1999年に始まったばかりで、以前は歯科大学を卒業すれば治療ができた。そのため歯科医師の腕にはかなりの個人差があると言われている。さらに、自費診療が中心となる歯科治療は、高額になることが多く、「痛い所だけ治す」という患者さんが中国では大半だ。

 最近、久々に上海のデンタルショーに行く機会があった。会場の設営は以前に比べるとだいぶ洗練されたが、あの派手な「販売会」は健在だった。

 10年前、上海の会場は来場者が約5万人だったが、現在は約10万人に迫る勢いだという。販売されている医療器具はクオリティの低いものも含まれていて、価格交渉も難しく、買いに出かけるには、経験と準備が必要だろう。それでも現場を訪れれば、売りたいもの、欲しいものをめぐって元気に取引する中国人パワーを実感できるいい機会になるだろう。

著者

一青 妙

歯科医師・女優
(ひとと・たえ)

一青 妙 (ひとと・たえ)

1970年生まれ。父親は台湾人、母親は日本人。幼少期は台湾で育ち、11歳から日本で暮らし始める。 歯科医師として働く一方、舞台やドラマを中心に女優業も続けている。 また、エッセイストとして活躍の場も広げ、著書に『私の箱子(シャンズ)』(講談社)がある。