サメの歯アート ~津波で流されてしまった幻の帆船~

No.161
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サメの歯で出来た帆船模型。これを作るのに、一体全体何尾のサメが使われているのだろう。
調布市仙川にある「すしの磯春」http://isoharu-sushi.com
店主のご親戚が創られた幻の芸術作品「サメの歯帆船模型」は一見の価値あり。

世の中には様々な芸術作品がある。今回は、ここ数年でわたしが目にしたもので一番印象に残った作品を紹介したい。

 調布市にあるお鮨屋さんを訪れたときのこと。店内の片隅にあったガラスケースに、わたしは目が釘づけになった。ケース内には立派な帆船模型が飾られていたのだが、そのすべてがサメの歯で出来ていたからだ。いくつかのサメは、歯の形状で種の判別が可能だ。じっくり観察してみたところ、アオザメやヨシキリザメの歯などで出来ていることがわかった。これらのサメは最大4mほどになる大型種で、主にマグロ延はえなわ縄漁で漁獲される。

 ケース内の説明書きにはこう記されていた。

漁師は暇を見ては捉えたサメを集め、丹念に飾り物を創っておりました。野生のサメの猛々しさにより荒波にもまれる帆船が見事に表現されていると思います。航海の安全と豊漁を願って創り上げました(省略)」

 宮城県気仙沼出身の店主によれば、マグロ延縄船の漁師だった親戚の方が、遠洋航海中に船の中で作ったものだという。気仙沼はフカヒレの産地として有名であり、すなわち、その原料となるサメの水揚げ量も日本一を誇る。サメの歯で帆船模型を作る伝統文化があってもおかしくはない。しかし、わたしは2013年頃から頻繁に現地を訪れてサメの取材をしていたにも関わらず、この存在を知らなかったのはなぜだろう。気仙沼を訪れた際に、わたしは漁師さんに尋ねてみた。

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(左)大きくて細長い歯は、アオザメの前歯。
(右)数種類のサメの歯がふんだんにあしらってある。

「器用な船員は皆、作っていたよ。たいして珍しいものでもなかったんだよね。ただ、津波ですべて流されてしまったのではないか。今は見なくなったなぁ」漁師さんは懐かしそうに言った。東日本大震災による津波の影響で、このような帆船模型は今では幻の芸術作品となってしまったのだ。わたしが目にしたものは、長い間、倉に眠っていたそうで、奇跡的に津波の被害を免れた、大変貴重なものであったのだ。

著者

沼口麻子

サメのジャーナリスト
(沼口/浅子)

沼口麻子(ぬまぐち・あさこ)

シャークジャーナリスト

1980年東京生まれ。東海大学海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島のサメの研究を経てサメに特化した情報発信を行っている。テレビ、ラジオ、雑誌等にて活躍中。2014年より東京コミュニケーションアート専門学校(海洋生物保護専攻)にて講師。両親ともに歯科医師。

【連載】

〈雑誌〉月刊マリンダイビング「サメの魅力」(水中造形センター)

〈WEB〉現代ビジネス「サメに恋して」(講談社)

サイト「SAMECUISE」(サメクルーズ) プロデュース