日の出前の薄暗い中、静岡県の焼津から出港する漁船「長兼丸」に乗っていたときのこと。長兼丸という船は、代々、深海生物を専門に漁業を行っており、この日、わたしは深海ザメを観察する目的で乗船させてもらっていた。次々と見たこともないような深海の魚が水揚げされる中で、一際目を引く光景が。水揚げされたサメのお腹に、ぽっかりと丸い穴があったのだ(写真1)。その切り口は鋭く、その穴から見える腹腔内を観察してみると、肝臓と思しき臓器が食い千切られていた。サメの身体の一部をくりぬくように捕食するエイリアンのような生物が駿河湾に生息しているとでもいうのか。唖然とするわたしを見て、漁師さんは言う。
ゴジラの仕業だな」
ゴ、ゴジラ?! 眉間に皺を寄せるわたしをみて、漁師さんは続けて教えてくれた。
「知らねーのか。ゴジラは、ヨロイザメのことなんだよ」
鎧鮫(ヨロイザメ)。まるで鎧のように頑丈なサメ肌をまとっていることが名前の由来だという。大きさは1~1.5mくらいの真っ黒な深海ザメで、生息水深は1800m以浅。食べられてしまった方もサメだが、捕食した方もサメだったとは面白い。それにしても、エイリアンのような噛み跡の主であるヨロイザメとは一体全体、どんな顎をしているのか?
わたしはそれを調べるため、サメの顎専門販売店『海洋工房』さんを訪れ、ヨロイザメの顎を見せてもらった(写真2)。一番の特徴は上顎と下顎の歯の大きさや形状が全く異なるということだ。上顎の歯は針のように細く、突き刺すことに優れていそうな歯。一方、下顎の歯は上顎の歯と比較すると大きく、ノコギリの歯のように美しい歯並びだ。よく見ると歯の側面にも細かなギザギザがあり、噛みちぎることに長けていそうな印象を受けた。また、歯根が長く、隣接する歯と重なり合っていることから、ある程度の硬い物を食べることに適した顎構造であることが推測できた。
それはつまり、上顎で獲物を突き刺し、頑丈な下顎で肉をぐりんと円形にえぐり取り、栄養たっぷりのサメの肝臓を好んで食べているということか。またまた、想像を絶するサメと出会ってしまい、興奮冷めやらぬ朝となった。
<協力>
焼津 長兼丸
写真2・背景写真提供c 海洋工房