千葉県に出現したメガマウスザメ ~誰も見たことがない摂餌行動の謎~

No.163

2017年5月22日の朝、千葉県館山市のとある漁港は多くの人たちでごった返していた。鳴り止まない電話のベルの音。ひっきりなしに訪れる取材班。それはもう、祭りのような騒ぎだった。いつもは静かで平穏なこの町に一体全体何が起こったのか。

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2017年5月22日に千葉県館山市で水揚げされたばかりのメガマウスザメと著者。2017年7月現在、研究のために冷凍保存されている。取材協力 波左間海中公園

実はこの日、定置網漁の網の中に、一風変わった生物が迷い込んでいたのだ。大きさは6mの巨体で、頭はオタマジャクシのようにぬぼっとしていて、口元は銀色にキラキラ輝く。一見、海坊主のような生き物の正体は「メガマウスザメ」。れっきとしたサメの仲間だった。本種が新種として記載されたのは1983年とごく最近。故にまだ生態がほとんど解明されていない謎の生物ということで、メディアが大々的に取り上げたせいで、騒ぎになっていたのだ。

 このサメは残念ながら死んでしまった(世界的にもメガマウスザメの長期飼育に成功した例はない)のだが、死んだ試料から何かヒントが得られないものか。メガマウスザメを解剖すると大抵の場合、胃内容物から大量のサクラエビやオキアミ(プランクトン)が出現する。サメと聞くとジョーズのイメージが強いので、アザラシやマグロ類をガツガツ捕食する生物を想像しがちなのだが、必ずしもそういったサメばかりではない。プランクトン(浮遊生物)を主食にしているサメもいて、メガマウスザメもそのうちのひとつなのだ。

 プランクトン食のサメは摂餌に歯を使わない(使わないがなぜか米粒大の歯は生えている)。その代わりに、特殊な構造をしている鰓(えら)を使って摂餌する。2017年5月22日に千葉県館山市で水揚げされたばかりのメガマウスザメと著者。2017年7月現在、研究のために冷凍保存されている。取材協力 波左間海中公園ジンベエザメであれば鰓の内側はネット状になっており、小さなプランクトンも逃さずに食することができる。同じくプランクトン食のサメであるウバザメの鰓の内側は細いプラスチックの板状のものが無数に並んでおり(クジラのヒゲに似ている)、これも口から鰓に向かって流れてきたプランクトンを捕える役目を果たす。

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写真A)メガマウスザメの鰓耙。肉厚の柔毛突起のよう。とても柔らかく、ウバザメ のそれと比較すると細かくない。メガマウスザメはプランクトン食のサメだと言われているが、鰓耙を見る限りは、プランクトンを食べることだけに特化していないような気もする。撮影地 東海大学海洋科学博物館
(写真B)ウバザメの鰓耙。髪の毛のように見えるが、プラスチック製品のような触りごごち。櫛くし状で細かいため、小さなプランクトンもこれで漉し取ることができるのだろう。撮影地 沖縄美ら海水族館

では、メガマウスザメはどうだろう。彼らがプランクトン食であるならば、小さな生き物を捕まえて漉こし取る構造の鰓を有しているはずだ。わたしは水揚げされたメガマウスザメの口を開け、鰓の構造を確認してみた。写真Aがメガマウスザメの鰓、写真Bがウバザメの鰓だ。わたしはこれを比較して驚いた。プランクトンを漉し取る部分を専門用語で鰓耙(さいは)というが、メガマウスザメの鰓耙が明らかに貧弱で、プランクトンを漉し取ることに長けているとは思えなかったのだ。

 メガマウスザメが本当に主食にしているものは、実はプランクトンではないかもしれない。彼らも目が離せないサメのひとつであることは言うまでもない。

著者

沼口麻子

サメのジャーナリスト
(沼口/浅子)

沼口麻子(ぬまぐち・あさこ)

シャークジャーナリスト

1980年東京生まれ。東海大学海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島のサメの研究を経てサメに特化した情報発信を行っている。テレビ、ラジオ、雑誌等にて活躍中。2014年より東京コミュニケーションアート専門学校(海洋生物保護専攻)にて講師。両親ともに歯科医師。

【連載】

〈雑誌〉月刊マリンダイビング「サメの魅力」(水中造形センター)

〈WEB〉現代ビジネス「サメに恋して」(講談社)

サイト「SAMECUISE」(サメクルーズ) プロデュース