わたしたち人間は生まれた時には歯がまだ生えていない。個人差はあるものの、乳歯の生え始めは生後6~9ヶ月ぐらいだろう。哺乳綱などの多くの胎生動物も、生まれてすぐの時点では歯が生えていない。しかし、妊娠初期の発生の段階で歯がある生き物が存在する。2016年11月、ホホジロザメの子宮内にいる胎たいし仔に、「歯」が生えていることが明らかになったのだ。本種の大人の歯の形は鋸歯の二等辺三角形である一方、胎仔の歯はトゲ状であり、大人の歯とまったく異なる形状をしていた※。
ホホジロザメはシャチやイルカの仲間が属する哺乳綱グループではなく、軟骨魚綱 板ばんさいあこう鰓亜綱ネズミザメ目というグループに属するサメの一種である。サメは7割が胎生で、3割が卵生。本種は前者で、母ザメは150cmにも達するほど大きい子ザメを出産する。サメは概して出産数が少ないという特徴があり、ゆえに、自然界で生き残っていくために、捕食されにくい大きさになるまで、子宮内で子ザメを保育する。哺乳綱のように、出産後にお乳を与えたり、敵から身を守ったり、狩りのやり方を教えたりなんていう子育てはサメの世界では皆無である。
ホホジロザメの属するネズミザメ目のサメは、「食卵(しょくらん)」という繁殖様式をとる。簡単に言えば、共食い。妊娠初期において、子宮内の子ザメは次から次へと排卵される卵(受精卵の場合と胎仔が食卵するために排卵される栄養卵の場合がある)をパクパクと食べて栄養をとる。妊娠中期になると、大人の歯に生え変わることが確認されているので、トゲ状の歯が存在する理由は、この栄養のある卵を食べるため、つまり兄弟を共食いするためだと考えられている。
2月に宮城県気仙沼漁港を訪れた。食用として水揚げされていたネズミザメを捌さばいているところを見学していたとき、お腹の中から子ザメが4尾ほど溢れでてきた。子ザメのお腹はびっくりするくらい膨らんでいる。母ザメから排卵される栄養卵をお腹いっぱいに食べて、大きく成長しようとしているところだったのだろう。子ザメの口の中を見せてもらった。
あ! わたしは興奮せざるを得なかった。なぜなら、透明で小さなトゲ状の歯を確認することができたから。まだまだ解明されていないサメの繁殖様式の一端を垣間見ることができた瞬間だった。
(※)参考文献
雑誌名: Journal of Morphology
論文名: Dental ontogeny of a white shark embryo(ホホジロザメ胎仔の歯の成長変化)
著者名: 冨田武照1、宮本 圭1、川口 亮2、戸田 実1、岡慎一郎1、野津 了1、佐藤圭一(1 1 一般財団法人 沖縄美ら島財団、2 琉球大学 大学院 医学研究科)
(※※)ヨークサックとは卵黄嚢のことで、お腹の中で赤ちゃんが成長するのに必要な栄養を供給するための袋のことです。生物の教科書などに載っているサケの赤ちゃんのお腹にある「小さな球状の塊」を目にしたことがあるかもしれませんが、それが卵黄嚢です。受精卵が細胞分裂を繰り返す過程で、赤ちゃんの元になる細胞と卵黄嚢に分かれます。お腹の赤ちゃんは卵黄嚢から栄養をもらい、ある程度の大きさになります。ネズミザメの仲間の場合は、卵黄嚢の栄養を吸収し尽くしてしまった後に、食卵という方法で赤ちゃんにさらに多くの栄養を供給することができるのです。