先日、南青山のライブハウスで朗読劇を行なった。
通常舞台はセリフを覚えて演じるものだが、朗読劇とは台本を持ちながら演技する。
演劇生活15年の私だが朗読劇は未体験。「セリフを覚えなくていいから楽勝だ!」と思って気軽に引き受けたのが間違いだった。 台本の文字を追わなければならないので、体の動きが制限され、セリフに感情を込めることが難しい。結局、半分以上のセリフを暗記することになった。
日本の有名な劇作家岸田國士が昭和3年に書き下ろしたラジオドラマを再現したのだが、マイクの前で台本を持ちながら、声優さんのように複数の役を演じ分けた。幸い、会場はほとんどの席が埋まり、終わったときは大きな拍手が起きた。うまく演じられたという手応えを久々に感じる舞台となった。
後日、打ち上げがあって、出演者どうしで舞台以外の時間の過ごし方に話が集中した。6名の出演者のうち、「演劇」で生計を立てている人は1人だけ。残りの役者さんはそれぞれ演劇とは関係のない別の仕事を持っていた。コンビニ、コールセンター職員、飲食店のアルバイト、会社勤め、フリーライター、そして歯医者の私。
劇団四季や宝塚歌劇団などは別だけれども、帝国劇場、国立劇場の舞台に立つ役者さんでさえ、アルバイトをしながら演劇をしている人が大勢いる。小劇場の役者にはチケットの販売ノルマがある場合も多く、なかなか大変だ。 舞台役者の現実とはこのようにとても厳しい。それなのに、やはり舞台にのめり込んで離れられなくなる人が後を絶たないのはなぜだろうか。
私がいままで出演してきた舞台は大抵公演の2ヶ月前から稽古が始まる。最初は週に2~3回、半日ほどから徐々に増え、直前の2週間は毎日朝から晩までの稽古を行なう。稽古期間中は演出家にさんざん絞られて苦しむが、一度幕が上がれば、役に入りこみ、舞台は役者のものとなる。
舞台上では観客の反応をその場で感じることができ、会場で笑いがわくと役者のテンションも上がり、すすり泣く声が聞こえれば感情移入する。役者と観客の呼吸が一体化するときのライブ感は鳥肌が立つほど気持ちよく、終わったあとには言いようのない達成感が全身を駆け抜ける。
この感覚が、実は歯科治療にも共通するのでは、と最近思うようになった。 患者さんのお口の中を一つの「舞台」と見立てて治療計画を立てる。「舞台」に立つのは歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士そして患者さん自身だ。
口腔ケアを行い口腔内の環境を整えるまでは稽古の期間。幕が開くと、歯科医が治療を施す。患者さんの反応を見ながら、治療のやり方も変化し、無事、患者さんの笑顔で治療を終了できたときは、舞台と同じように達成感で感無量になる。
こんな風に書くと、似ているとは思いませんか?やり直しがきくテレビや映画の撮影と違い、歯科治療も舞台も本番一度きりの真剣勝負。だからこそよりやりがいを感じ、うまくいったときの喜びもひとしおになる。
「役者と乞食は三日やったらやめられない」というが、私は「役者と歯科医は三日やったらやめられない」と言いたい。