根管から取り出された綿栓を鼻の下に持っていき、その臭いにしかめ面をしながら「FC下さい。あ、やっぱり、メトコールにしておこう……」。
教授室の電話が鳴った。「○○県で開業している、○○です。ひとつお伺いしたいのですが……」「どうぞ、なんでしょうか?」「実は、根管の清掃に風呂掃除用の洗剤を使っているのですが、実に良く治ります。でも大丈夫でしょうか?」「え、……」。
またある日、電話が鳴った「○○県の○○です。漂白剤の『ハイター』は過酸化水素だから根管に使っても大丈夫ですよね?」「た、たぶん、でも……」。
テレビのニュースで「最近話題のシックハウス症候群の原因の一つはフォルマリンです。新築材の表面に……」と流れてきた。フォルマリン製剤で、一根管内の細菌を一網打尽にしようというのは……。
数年前には新聞の一面記事に「夏祭りのカレーから砒素が検出された」と出た。砒素で歯髄を殺そうというのは……。
ラジオから「活性酸素は老化を早め、体を錆びさせます」と聞こえてきた。過酸化水素水を使い、象牙質を消毒しようというのは…。
記憶に新しい2008年某国から輸入した「冷凍餃子に殺虫薬が検出された」というニュースが日本国中のみならず世界を駆け巡った。むし歯も虫が原因だからこれは使えそうだと思う人がいないことを切に願っている。
医療は医療面接により患者の……、診察により……そして簡単な検査により仮の診断をつけ、確定診断のために臨床診断を行う。その後、治療計画がなされ、診療に移るものである。歯科では、細菌が原因であることを知っていても、視診、臭診、打診……といった歴史的診断法が主流を占めている。目で見て、鼻で嗅いで、器具で叩いて、診断が付き、正常な組織があるものも気にせず、強力な薬剤?で一網打尽にする治療から離れることができない……。
「根管培養検査と感受性試験の結果、○○菌が原因だから、○○系の抗菌薬を貼薬します」となる日をつくるのは、臨、学、産の努力で、そして官を納得させれば、EBMは歯科でも成り立つはずである。歯と歯の中の歯髄は生体として扱われない歯科医療において、筋の通らないオバQ理論*から、有無を言わさず相手を納得させることのできる葵の御紋理論に変わる日を夢見ている。
*) 前号(124号)のエッセイをご参照ください。