わたしの好きなサメに「アオザメ」というサメがいる。泳ぐスピードはサメ界一。体つきもシャープでかっこいい。一般的にサメと聞いて想像するような、惚れ惚れする完璧なボディラインに、イケメン顔。先日もアオザメに会うために漁船に乗って、静岡県焼やいづ津の沖へ行ってきたばかりだ。何度見ても本当に美しいサメである。
わたしはサメの顎標本を作製することが好きだ。サメの頭部を切り出して、顎骨と歯だけを残し、乾燥させるのだ。いつものように、アオザメの頭を切り出そうとしていたときのこと。ふと、サメの口の中をのぞいてみると、歯と歯の間になにかゴミのようなものが詰まっているのが見えた。サメの食べ残しの魚類の破片でも挟まっているのだろうか。イケメンが台無しである。
それをつまみ出そうと手で触ってみたが、なかなか取れない。よくよく観察すると歯茎に強力な触手でくいついているムシだということがわかった。虫のボディサイズは1cm 前後で、その2~3倍くらいの長さの細長いものが2本、お尻からニョキっと伸びている。調べてみると、節足動物門 甲殻亜門 顎脚綱カイアシ亜綱に属する動物で、ハナガタムシ(学名Anthosoma crassum )という寄生虫の一種だった。
ハナガタムシは、アオザメ、ネズミザメ、ホホジロザメ、ヨシキリザメ、エドアブラザメの口腔壁や歯茎に寄生している。その部位以外に寄生しているところをわたしは一切見たことがない。口の中だけに寄生する理由はよくわからないが、考えられるのは、サメの皮膚の硬さだと推測できる。サメ肌といわれる由来のとおり、サメの体表には楯じゅんりん鱗というサメ特有のエナメル質の硬い物質で覆われている。よって、口腔壁や歯茎はサメの部位の中でもっとも柔らかくて寄生しやすい部位のひとつなのではないか。ちなみに、1匹のサメの口の中から、多いときで5匹のハナガタムシを確認したことがある。
さて、アオザメの口腔内にめり込んでいるハナガタムシ。虫体が壊れないように気を使いながら、ピンセットの先をゆっくりと左右に動かし、やさしく何度か引っ張ってみると、ぽろりと取れた。そのムシがめり込んでいた歯と歯の間の部位を観察してみると、ぽっかり孔があいて、赤く炎症を起こしているのがみてとれた。
わたしたち人間界では歯茎に炎症を起こす歯周病に悩まされている人が少なくない。いっぽうで、歯茎に炎症を起こすハナガタムシは、果たしてサメをどの程度悩ませているのだろうか。