近年、親知らずがまったく生えてこない人が増えていると耳にした。どうやら現代の若者の歯の数は減少傾向にあるらしい。そんな歯が退化(進化?)傾向にあるわたしたちとは対照的に、自然界では信じられないくらい歯が生えてくる生き物がいるという。その数は数万本?!というから驚きだ。得体の知れない怪物か、はたまた未確認生物(UMA)なのか。
そうではない。答えは、よく海の王者と例えられるあの生物、「サメ」である。サメと聞くと、1970年代の大ヒット映画『ジョーズ』を思い出す人も多いのではなかろうか。あの映画でひときわ、誇張されていた鋭いサメの歯がまさにそうなのである。ちなみにサメは軟骨魚綱 板鰓(ばんさい)亜綱に分類され、ほ乳類ではなく魚の仲間。世界中に540種類ほどが生息している。
人間の歯が一生のうち生え変わるのはたった1回。これは誰でも知っている事実であるが、サメは違う。サメの歯は抜け落ちてはまた生えてくる使い捨ての歯。1本の歯が抜け替わる早さは、種類や年齢によって異なるが、平均1週間程度で、サメが生きている間中、ずっと生え変わり続ける。
どのような構造になっているかというと、サメの顎を裏側から見てみるとわかりやすい。そこには待機歯(右写真)が数列ほど準備されており、ベルトコンベア式に顎の裏側にある歯が一番外側の機能歯を押し出す。一番外側の機能歯が抜け落ちると、次に控えていた待機歯が立ち上がり、機能歯になるという仕組みだ。サメはエサを食べたときに歯が欠けてしまったとしても、すぐに新品の歯に交換されるのだ。
ここで人間の歯の構造を熟知されている読者の皆さんは大きな疑問を持つことだろう。かれらの顎の構造は人間のそれとは大きく異なり、サメの歯は顎の表面の筋肉に乗っているだけ。歯の根元が少し筋肉に埋まっているくらいで顎骨まで埋没していない。よってこの構造は、歯を乗せた筋肉が口の内側から外側へ少しずつ移動していくことを可能にしている。しかしながら、顎の裏側から無限に歯が製造されていく過程は、サメの生態をいくら学んだ私でもいつも不思議に感じてしまうのだが。
この写真は映画『ジョーズ』のモデルになったホホジロザメ(※)の顎。サメの中でもとくに大きい歯を持っている種類である。歯の数を数えてみると、上顎左13本、上顎右13本、下顎左11本、下顎右11本であった。具体的に計算してみよう。1本の歯が1週間で抜け変わり、サメの寿命を仮に20年とした場合、このサメが生涯使う歯の数は何本になるのか。
<合計機能歯数> 48本 × 52週× 20年=49920本
この計算によれば、たった1匹のサメが生涯に使い捨てる歯の数は、なんと5万本近くということになる。かれらはむし歯の心配をすることも、もちろん親知らずがどうこうといった心配をすることもない。毎日3回しっかり歯磨きをして、8020運動を推奨している私の気持ち、サメには永久にわかるまい。
(※)一般的に「ホオジロザメ」と呼ばれていることもあるが、日本魚類学会による標準和名は「ホホジロザメ」と記載されているため、本文では後者の表記に準じた。