今年は5月末に梅雨入り宣言が出ましたが、関東地方はやや勇み足だったらしく、週末まで晴天が続くそうですね。
さて、私たちが雨の日にお世話になる雨傘ですが、昔は雨に傘を差すこと自体が非常識だったのをご存知ですか?
傘の歴史をひもとくと、圧倒的に日傘歴史の方が長く、雨除けの傘ができたのはせいぜい300年前のこと。イギリスのハンウェーという人が、当時の貴婦人が 使っていたパラソルに防水加工をして雨の日に使ったのが最初ですが、彼は30年間も変人扱いされ続けた後、ようやく雨傘が普及していったのです。
一方、日傘の方は有史以来のステータスシンボルだったので、すでに紀元前7世紀のアッシリアの壁画には、国王の頭上に従者が傘を差しかける様子が描かれて います。古代エジプトや古代メソポタミアで、灼熱の光を遮る日傘は神の庇護の象徴。古代中国でも傘は魔除けとして発明され、皇帝の天蓋(てんがい)に使わ れたそうです。
傘が日本に伝わったのは西暦552年、百済の聖明王から仏教の儀式用に贈られたのが最初です。以来、貴族や僧侶に広まりましたが、傘は日除けとしてお供の人に差しかけてもらうもので、庶民のカサは帽子のような「笠」でした。
江戸時代になってようやく雨除け用が工夫され、蛇の目傘や番傘が流行しました。和傘は工程が複雑で新品が高価だったため、ボロ傘になると「古傘買い」が買い取って、骨を削り直し、新しい油紙を張って、新品の半値以下で再び売り出されとか。
その後、昭和初期までは和傘がよく使われました。ただ、和傘は柄もフォルムも美しいけれど普段遣いには重くて傷つけやすく、それなりに高価なのが難でした。明治時代に伝わったイギリス製の洋傘は、その後日本製が増えましたが、やはりマイスターの作る贅沢なものでした。
今のような軽くて丈夫で安価な洋傘が庶民に爆発的に広まったのは機械化や、ポリエステル、ナイロンなどの合繊が誕生して、大量生産が始まった昭和20年代 後半から30年代にかけてです。以来、防水加工も樹脂コーティングの技術が向上して、軽くて丈夫な傘があたりまえになっています。
さらに最近では100円ショップのビニール傘への抵抗感も少なくなって、傘のありがたみがすっかり薄れてしまいましたが、たまに上質な傘を丁寧に扱っている人に出合うと、ハッとするような気品を感じます。
マイスターが作る最高級の傘は30年くらいもつそうです。自分が本当に気に入る傘をじっくり選び、時々修理しながら30年間大事に使えることこそ、現代の豊かさ。こういう人は、まわりの人に対しても温かいような気がします。
コラムニスト 鈴木 百合子
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