健康な口の機能を正しく育てることで、健全な歯並びや咬み合わせが得られます。歯の生える前の哺乳期から乳歯が生え始める時期である離乳期を経て、食べる機能(摂食機能)を獲得する過程で乳歯が生え揃っていきます。全ての乳歯が生え揃う3歳頃からは、食品を唇で捕らえる、前歯で嚙みきる、奥歯ですりつぶす、食品を唾液と混ぜ合わせて食塊を作る、飲み込むという一連の機能が習熟していきます。このような機能の発達がうまく行われることが、理想的な口元や歯並びを形作る条件になります。そして機能の発達と形態的な成長は車の両輪のように切り離すことができません。また哺乳から咀嚼機能を獲得する過程で嚥下(飲み込む)機能も変化します。このように摂食機能は人生の最初の時期である乳幼児期に大きく発達を遂げて、基本的な口の機能を身につけます。
それでは、口の機能はいつ育つのでしょうか?
乳幼児期(0~6歳頃)に最も大きく育ちます。この時期に口の周りの機能と形態は著しく変化します。
通常の発達をしてる子どもでは、5歳の終わり頃までに舌っ足らずの幼児性の発音から成人の発音に移行します。5歳以降で発達の遅れや聴力の異常がない状態で発音に問題がある場合、次のような歯科的な原因によることがあります。歯科における対応が困難な場合には、小児科や言語聴覚士による専門的な評価が必要となる場合もあります。
(1)指しゃぶりなどの口の周りの癖によって歯並びや噛み合わせの異常を生じて唇を閉じにくい。(乳歯列開咬、図4)
全ての乳歯が生え揃う3歳以降も癖が続いている場合には、本人に対して説得を行い癖の中止を試みる必要があります。歯科において相談を受けてください。早期に癖が中止されると噛み合わせの異常は改善してきます。
これまでの説明のとおり、歯並びや顎の形態は成長発育期の口の内外の筋肉のバランスによって大きく影響を受けます。安静にしている時は、口を結んで鼻で息を吸ったり吐いたりをすることが本来の呼吸の仕方です。その時、上下の歯の間は数ミリの隙間があり、舌は上あごに緩やかに密着しています。口を結んでいる場合に唇と頬の筋肉は歯並びの外側から緩やかに力を加えています。成長期において、1本1本の歯は口の内側と外側の筋肉のバランスのとれた位置に生えてくるようになっています。成長発育期において、理想的な歯並びは安静にしている時の舌の形(きれいなU字型)に沿って作られます。
それでは、絶えず口をポカンと開けて息をしている口呼吸の場合ではどうなるでしょうか?
子どもの成長発育には個人差があります。歯の生える時期にも大きな差があるため、口の中の環境も異なり、口の機能の獲得時期にも個人差があります。
日本小児歯科学会で実施した日本人の子どもの歯の生える時期に関する全国調査の結果からも、子ども歯の生える時期には大きな個人差があることがわかります(図16 乳歯列、図17 乳歯萌出開始時期、図18 永久歯列、図19 永久歯萌出開始時期)。
2015年に日本歯科医学会重点研究委員会で実施した「子どもの食の問題に関する調査」で、未就学児の保護者の50%以上に、子どもの食事に関する心配ごとがあることが判明しました。同調査によれば、「偏食」や「食べるのに時間がかかる」、「むら食い」、「遊び食い」など食行動に関する項目が多く見受けられました。このような困りごとは、食べる機能の問題と関連していることが多く、歯科におけるアドバイスや指導で改善することも珍しくありません。以前から全身的に何らかの病気があって、食べる機能に障害をもっている子どもに対する摂食機能療法は、公的医療保険の対象となっていて、歯科において食べる機能の訓練を受けられていました。その一方で、全身的な病気や障害のない子ども(定型発達児:いわゆる健常児)の場合、食べる機能を含めた口の機能の訓練は、保険診療の対象とはなっていませんでした。そのため、2018年の3月まで、口の機能発達に関する指導や訓練は、保険外の自費診療で受けるしかありませんでした。